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| Recommend!! | ||
| 最初はトロンボーンばっかり聴いていたんだけど、知らない間にトロンボーン以外の部分も好きになっていた。山下達郎とか吉田美奈子とか、その時に聴いていたものは、トロンボーンだけじゃなくって、そのアーティストの作る音楽自体が、ものすごく好きになっていった。テープにダビングして、トロンボーンをコピーして、テープに合わせて一緒に吹いたり、とにかく擦りきれるまで聴いていた。 でもね、その当時、こういっちゃなんだけれど、所詮は日本のポップス、なんていう気持ちもあったの。楽器をやっていると、どうしても洋楽志向になっちゃうところがあるから。これはこれで日本のものだよな、なんて感じで、いつしか聴かなくなっていた。それから先に自分が聴き始めたのは、ほとんど海外の音楽で、日本の音楽というものに対しては、すっかり忘れてしまっていたような時期があった。 そして最近、山下達郎さんの昔のアルバムがリマスターされて発売された。プロモーションで、本人がラジオに出ていて、昔の話なんかしながら曲を流していたの。それを改めて聴いたら、思いのほか良くって感動したんだ。すごい懐かしい、っていうのもある。自分が20年前に戻れるから。それは単なる一リスナーとしての思い。だけど、それと同時にね、あまりにも音楽が素晴らしいことに、純粋に感動しちゃった。 ものすごいいいんだよ。 20年前から比べると、当たり前だけど、いろいろな経験して、いろいろなことが分かってくるでしょ。そうすると、いいもの悪いものに対して、どんどんシビアになってきている。そんな状態で聴きなおしてみて、本当にいいんだな、って分かる感じ。クリエイティビティが高くて、作っているものがアグレッシブで。耳心地がいいだけじゃないの。すごい薄っぺらい言葉で言っちゃうと、「本物」って感じがする。ドメスティックだけでなくて、よその国に出しても、すばらしいクオリティだと思うんだ。 自分は、この頃の達郎さん達の音楽以降に聴いていたアメリカの音楽にすごい影響を受けていると思っていた。でも、実はこっちの方に自分のサウンドが影響を受けていたことが分かった。音のアレンジメントの部分とかね。もちろん達郎さん達が、アメリカの音楽に影響を受けているわけだから、すべてはつながっているんだけど。 このアルバム「IT'S A POPPIN' TIME」は、24年前、1978年の、六本木ピットインでのライブ盤。上にソニーのスタジオがあってそのまま録音できちゃうとこなのね。山下達郎、村上"ポンタ"秀一、岡沢章、松木恒秀、坂本龍一、吉田美奈子、土岐英史・・・・とにかくすごいメンバーだよね。全員がものすごいツワモノなわけだよね。達郎さんの解説でも分かるけど、全員、当時ファーストコールの、一番売れているスタジオミュージシャンだった。そして、この人達は、スタッフがいつも変わらないんだよね。エンジニアも。スタッフワークを感じる。このアルバムのエンジニアは、美奈子さんのお兄さん、吉田保さん。こだわりの人。 ここのポンタさんのフィルインはすごいな、とかそういう聴き方をしていたよ。圧倒的にポンタさんに耳がいっていたね。知らなくてもね。詞も好きだな。好きだ嫌いだっていう甘ったるいものじゃなくて。詞の大半は美奈子さんが書いている。今、美奈子さんと会って、会っている時は何も思わないけど、後になってから、そういえばあんな詞を書いている人なんだよなぁって改めて思ってみたりするね。達郎さんのすごいところは、自分で自分のネタばらしをしてしまうっていうところもある。こそこそとやらないの。それってすごい自信があるから言えることだよね。大ネタへのリスペクトもすごい持っているということだし。 この世代って、とにかくものすごいと思う。すごい人達がいっぱいいる。今50代ぐらいの人達。僕らの世代と違うのは、保守的でないっていうこと。もめにもめたり、いろいろ実験的なことなんかもやって、とにかく常にアグレッシブ。結局この人達は、同じメンバーでやるんだけど、ヒヨッたりしない。単なる仲良し組でやるのとは違う。俺はこの人達の音楽を聴いて育っているわけでしょ。それで今一緒にやったりしてるわけだから、感慨深いものがある。
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| この頃は、達郎と吉田美奈子の曲は、ベースが変わるだけであとは同じメンバーでやってたんだ。面白い奴がいるっていうんで、坂本龍一を芸大から引っ張ってきてすぐのアルバムがこれかな。 このアルバムは、日本のポップスのあり方と価値観をがらっと変えた事件、だったと思うね。それまでは、楽器の演奏っていうのは歌の単なるバックだった。単なるオーケストラに過ぎなかった。このアルバムは、歌と演奏者の対等な関係を作ったんだな。相当の音楽性がないと、歌手のバックはできない、っていう証にもなった。それから、”ファミリー”というグループが出来た最初だね。なぁなぁの身内ではなくて、ミュージシャン達がひとつのかたまりとなって、互いに共鳴して、音楽を創っていく、そういう”ファミリー”としての集団はこれがはじめてだったんじゃないか。 山下達郎はシュガーベイブがちょっと話題になり始めた頃だったかな、何にせよメンバーみんなまだ若くてペーペーだった。でも周りに流されないぞってツッパッててね。自分達が日本の音楽シーンを変えられるっていう自負があったね。自分らにとってはそう思うのも特別なことでも何でもなかった。ごく自然にね。若い奴らがいろいろ変えようぜーって盛り上がってる状況だから、先輩ミュージシャン達には恨まれたりもしたよね。 当時はPIT INNの上にソニーがあってさ、ケーブルで上とつなげば即録音できる、っていう環境だった。あと、外せないのは名ミキサーである吉田美奈子の兄ちゃん(吉田保氏)、だろうな。この頃のPIT INNには大ファミリーがあった。いろんな人が絡んでいた。高橋幸宏とか、ベースの細野さんとか、後藤次利とか、鈴木茂、高水健司、松任谷正隆、佐藤博・・・などなど今でも頑張っているたくさんの奴らがね。 今聴いてみても、NYのミュージシャンと同じ音をしていると思う。いい悪いでなく、雰囲気がね。NYでは1日中どっかで音が出せる。ロフトに朝から集まってセッションしたりね。この頃のPIT INNに集まってた連中もどっかそういう雰囲気を持っていた。 実際に、俺を含めみんな、当時のNYで音楽をやったりしていたから。とにかくこのアルバムの周辺のメンバーっていうのは、俺と同じ価値観を持っている奴が集まってた。今でも付き合いが続いているのはお互いに尊重しあっているから。日本のインスト界を変えた、そんな場に参加している俺。率直に嬉しいよね。当然でもあるし、ラッキーだなぁとも思うし。
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