ライブでなくても、客と演奏者と曲とを同時に感じられる作品。 例えば、セロニアス・モンクのソロ・オン・ヴォーグ これは永遠を感じる。
1982年、モンクが亡くなった時に、ひとりでモンクのレコードを聴いて、お通夜をやったんだ。何回聞いても理解出来なかったのが、この時は針を落とした瞬間に、あ、そうか!って分かったの。 モンクは、こういうことを言っていて、こういうことを弾いてて、ということが。そういう、「あ、そうか!」って分かる体験の積み重ねが、うまくなるということだと思う。モンクは死んでしまったけれど、何十年か前にこれをプレイしていたのは、今俺が聴いているこの瞬間のためでもある。この時この瞬間のために、あの時あの場所で、モンクは、俺のために弾いてくれたんだ、って思ったの。もちろん、モンクのアルバムは何十万枚と売れているわけだけど、モンクが死んでからもそれを聴く人がいて、その後の世のリスナーの瞬間まで考えて、その瞬間に演奏しているというのか。それまでは、モンクって何回聴いても分からなかったんだけど、その時何かが分かったんだよね。
自分がピアノを弾く時、過去のいろいろな人のプレイがのりうつったりする。でもそれだけじゃない。未来の、今生まれてもいないかもしれない人が、何十年後かに聴くかもしれない。そういう未来に向けても弾いている。ある瞬間の演奏に、過去の遺産も入り、あろうことか未来の聴衆まで入ってくる。そういうことが、自分にとってのモンクを感じたこの時に、理解できたのね。それ以来、自分が演奏する時には、"未来の聴衆にとっての俺"というものも少なからず意識するようになったのでした。
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2002/7/30 佐山雅弘
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