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カバー“ブーム”って、どうなんだろう? ここ数年、カバー集やトリビュート盤が流行っているそうだ。なんでも“日本人の特徴”だって決めるつけるのは好きでないけれど、欧米でもアジアでも、そういう話はあまり聞かないので、日本国内での流行の様だ。 何でも“ブーム”ってことになるのは、いかがなものかと思うけれど、文化は、表層的なことも含めて“流行”して、その中で、本質的な部分が、根付いていくものだとすれば、カバーやトリビュートのブームはとても良いことだと思っている。 他のアートもそうなのかもしれないけれど、音楽は先人の影響を受けてつくるものだ。もちろんオリジナリティはとても(というか一番)大切なのだけれど、「誰かの音楽に感動した」ということ以外の理由で、プロの音楽家になった人の話は、ぼくは聞いたことが無い。みんな、誰かの音楽を聴いて「人生を踏み外して」音楽家になっているのだ。子供の頃から、特殊な訓練を積み重ねてなったクラシックの音楽家の場合はわからないけれど、基本的にはロックやソウルも含んだ、ポピュラー音楽に関しては、その繰り返しだと思う。 余談だが、プロミュージシャンになるのは、10年位前までは、洋楽しか聴かない人たちだった。最近インタビューなどで聞くと、新人アーティストの憧れのアーティストがJ-POP(この言葉も昔は無かった。もう定着したね。)のスターであることが珍しくない。10代の頃は、洋楽しか聴かなかった(少なくとも他人にはそう言っていた)僕には、にわかに信じられないことだけれど、悪いことでは無いと思う。それだけ日本の音楽家のレベル(という言葉が適切かどうかわからないけれど)が、上がったのだろうし、ロックやポップスが日本の社会に広く根付いたからなのだろう。 はっぴいえんどが再評価されているのは、そんな時代の流れもあると思う。日本語の歌詞をロックやポップに載せた元祖みたいな取り上げられ方をあちこちで見かける。喫茶ロックという、おそらくは、カフェミュージックに対抗してつくられた言葉も広まり、あちこちのCD店で「喫茶ロック」コーナーができている。 このアルバムは、去年の春に出た、はっぴいえんどの名曲を、比較的若手のアーティストが、自分に引きつけてカバーした20曲、2枚組なのだけれど、色々なことを考えさせるアルバムだった。 音楽ファン的に言うと、このアルバムは「失敗作」だと私は思う。同時に、みんなに聴いて貰いたいと思う。矛盾するようだけれど、そうなのだ。 失敗した(と僕が思う)理由は、うまく説明できないけれど、要するに“動機”の問題だと思う。不純だと言うことではない。おそらくはレコード会社主導で(この件は実情を知らないので、もし違ってたらごめんなさい。)最近の、はっぴいえんどブーム、トリビュートブームに乗って企画されたアルバムではあるけれど、そのことを問題視しているのではない。メジャーレコード会社で発売されるアルバムは多かれ、少なかれ商業主義との接点は持っているものだ。プロデュースワークが雑なのでもない。むしろ、丁寧にバランスをとって、どこからも文句が出ない様に、つくられている。そして、その“バランス”が、このアルバムをつまらなくしているのだと思う。作品にはアーティストなりプロデューサーごく数人(もちろん一人の場合も多い)の“エゴ”みたいな部分がとても大切なのだ。 同じような企画でも、昨秋にリリースされた、スピッツをトリビュートした「一期一会」には、その感覚が無い。好き嫌いは分かれるだろうし、現役活動中のバンドのトリビュートだから意味も違うけれど、スピッツの担当ディレクターが企画したことから、個人の趣味嗜好がしっかり反映されていて、アルバムを一つの作品として成立させていると思う。 もう一つ感じられるのは、はっぴいえんどというバンドの奥の深さだ。20組のアーティストはそれぞれに、自分なりの解釈で捉えているのだが、そのベクトルがバラバラなのだ。はっぴいえんどには、その人なりの意味が感じられるんだなと思う。まさに、それこそが、はっぴいえんどの魅力なのだろう。 そんなこんなで『HAPPY END PARADE』は聴いてみると面白いと思う。はっぴいえんどのとらえどころの無さと、楽曲のすばらしさが感じられるし、カバーするということの意味について考えさせられる。
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