
現在日本に存在する音楽で、このアルバムを超える作品を見つけることはおそらく至難の業である、というのはあくまで素人にすぎない一人のダメ人間の言だが、これはほぼ確信である。(ほぼ、というところがダメだなあ)
この作品のジャンルはロックといっていいのか。便宜上とりあえずロックといっておく。それは「とりあえずビール」と同じくらいむなしい言葉だが。とにかくこの作品を紹介する他の人の文章をいくつか読んでみると、このアルバムのすばらしさやお下品さの前に言葉や文章は無意味だ、みたいなことがたくさん書かれたいた。だから、ジャンル付け自体がそもそも無意味なこと、ということらしい。そこで、ここに自分があえて何かを付け加えるとしたら、それは「笑い」である。このアルバムは「笑い」に到達できる、非常に稀有なアルバムだ。ここでいう「笑い」とは、単に面白い、という意味ではない。あらゆる感情が昇華された状態における「笑い」というものが存在する。
例えば、自分が徹夜で作ったプログラムがバックアップを忘れてしまったがために、フリーズ一発ですべてが消えてしまった、そんな時、悲しみや怒りの前に、笑いがこみ上げてくるだろう。「ウヒッヒッヒッヒッヒ」といった具合に。似たような事は他にもたくさんある。よく日本の伝統的な推理小説では、人里はなれた山村に住む老婆が、実は村の実力者の一家と過去に因縁があって、実力者の家の一人娘が何者かに殺害されたときに、「山神様のたたりじゃあ、たたりじゃあ、イーッヒッヒッヒッヒ」なんていう台詞をいうが、この時の「イーッヒッヒッヒ」こそ、あらゆる怨念が渦巻いて「笑い」へと昇華されたものであるといえる。そして、このような時に出てくる「笑い」こそ、このじゃがたらの「南蛮渡来」に存在するエナジーの根源では無いかと思われる。じゃがたらの歌詞や音楽はたいてい苛烈、かつお下品である。しかし、それらは単なるウケ狙いから生まれてきたものとは思えない。裸になってもウケない芸能人は多くいる。そうではなく、これは己の本能や欲望の塊を垂れ流しにし、その出てきた己の「笑い」、いわば感情の汚物のようなその「笑い」を、さらにもう一度飲み込んで、租借して、何度も消化してから出てきたような、そうして生まれてきてしまったような凄みがここにはある。しかも、このじゃがたらの中心的存在でヴォーカルをとっていたという江戸アケミ(故人)という人物は、それをさらりとやりきってしまったような感がある。だからすごいといえる。したがってこれを評するに、ライムがどうの、グルーブがどうのとか言う以前に、もはや圧倒されてしまうのである。そして聴いているこちらもつられて思わず「笑い」がこみ上げてくるのである。オープニングの「あんた気にくわない」の一言でいきなり横っ面を引っ叩かれたようになり、「タンゴ」で吹っ飛び、「アジテーション」に引きずられ、「クニナマシェ」で脳みそをぐるぐると引っ掻き回され、ついには「ウヒヒヒヒヒ」ってな具合に。ただし、これだけすごいアルバムにも弱点はある。それはタイトルからも察することができるだろうが、表現があまりにも本能的、かつ直接的なので、女の子にオススメしづらい、ということだろうか。しかし、それでもあえてこの場を借りてオススメさせていただきます。やっぱり素晴らしいです。これ。でも、こんなところで締まらないことをうだうだと書いている僕みたいな人種こそ、江戸氏に「あんた気にくわない」と真っ先に言われるんだろうなあ。いや、声すらかけてもらえないかも。畜生!
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2003/3/17 虚空猫
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