|
|
1人がレコメンドしています |
自分もレコメンドを書く |
|
| Recommend!! | ||
| この映画「THE MIGHTY」(邦題「マイ・フレンド・メモリー」)は、失語症になり、考えることさえも辞めてしまった少年マックスと、骨の成長が止まってしまうという難病を抱えた少年ケビンとの友情を描いたもの。 映画の中に、すごくいい言葉が出てくるエピソードがあるの。ものが書けない、本も読めない、考えることやめてしまってるマックスがケビンに助けられてアーサー王の本を読むんですよ。そして、読むことができて、「良かったね、今世紀中に一章読めたよ」ってケビンが言って、クリスマスプレゼントに、マックスに「真っ白で自分のストーリーが書ける本」を贈るんですよ。その時に「文字というものはすべての絵だ。文章というのはすべての絵だ。それを自分のイマジネーションでひとつに合わせたときに息が吹き込まれた物語になるんだ」とケビンがマックス教えていくんです。だから、アーサー王を読むときも、目を閉じてごらんって言うんです。要するにもう、ジョンレノンの世界なんだけど、イメージしてごらんっていう感じ。「言葉も文章も絵の一部だ。そのものをひとつのストーリーに組み立てるのはあなただよ。」って言うの。私なりに解釈すると、どんな人生でも描いていけるんだよという意味だと思うんです。 ケビンは最後に死んじゃうんだけど、何ヶ月か後にマックスがケビンと過ごした日々をクリスマスプレゼントにもらった真っ白な本に書いていくんです。それが、映画のストーリーになっているのね。その書いていくストーリー中に、二人で花火大会に行ったとき、身体の小さいケビンをマックスが肩に乗せたときのことを書くんだけど、その時を自分が王様を乗せた馬になった瞬間として描いているんです。それって、人にはそれぞれの役割があるんだろうなというメッセージだと思うんです。そして、私にとってのメッセージは、私にとって自分がやれることはなんだろうな? 使命というほどでなくていいから、今、自分にできることはなんだろうな?って思うことなの。 役割という意味で、この映画に登場する二人の少年、あなたはどちらがいいですか?なんて質問はよくされそうなんだけど、本当はどちらかなんてことじゃなくて、彼らにとってはお互いが必要で、お互いが出会ったことで、彼らは自分たちの価値観を見出しているんです。そういうことって喧嘩にならないひとつの理由だと思うんですよ。 フルーツバスケットじゃないから、椅子が足りない訳じゃない。椅子は自分でつくればいいことだと思うし。その自分であること、誰かにならないでいいことがすごく大切なことだと思うんです。そのためには強さが必要なんだなって思うんですよね。自分で大丈夫、自分でOKっていう。 とにかく、この映画は泣けます。人って、泣きたい時にそれに気づけなくて苦しむことがあると思うんです。そんなときに、ぜひこの映画で思い切り泣いて欲しいですね。そして、人は強いんだということを、心で感じて欲しいです。
|
|
|
|
|
|
|
|
(C)Copyright 2002. All rights reserved by RespectMusicJapan webmaster@recosell.com |