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| << 宇 と 宙 >> 「陰陽師」は映画にもなり、NHKでもドラマ化されている。本当は映画やドラマのようではなく、もっと、もののあはれにつつまれたものであろうと思うが映画では善と悪の戦いとなり、なんだか違和感を感じた。 それにくらべ、岡野怜子の漫画はもののあはれもまだ漂っていて存在感もあり、なかなかのものに仕上がっていた。 私も、遅ればせながら、そろそろもう陰陽師熱もやわらぎ、よろしいだろう と思い、安倍晴明と源博雅に登場して頂こうと思う。 土御門小路にある、清明宅のおなじみの縁側で、夜の透き通るような月に 見入っている源博雅に清明が語る。 清明:「博雅よ。宇宙とはなんぞや。」 博雅:「また、呪の話しか。。。それは清明、月とか太陽とか天体のこと であろうよ。なんとも清らかな月ではないか。清明。」 源博雅は、雅楽「長慶子」の作者とされるスーパーグレイトウルトラブラボー なミュージシャンであり殿上人である。よってNHKのドラマのように、腕っ節 は強くないはずである。あれは、強すぎる。 清明:「そうではないのだ。宇宙とはのう、博雅。宇と宙が合わさったものよ。」 博雅:「なんだかややこしい話しになりそうではないか。」 清明:「そんなことはないぞ、博雅。宇とは、四方八方と天と地のことよ。 そうして、宙とは、過去・現在・未来の三世のことなのだよ。」 博雅:「とういうことは、空間と時間の合わさったものということか。」 清明:「さすがだな。そのとおりよ。よくヒーリングや波動とか宗教では 宇宙の力などと言っておるが、実は法華経にあるとおりに、 三千大千世界と三世の諸佛の守護したもうところなり。とは このことなのだよ。」 博雅:「うむ。なんだか、ややこしいぞ。清明。私はそんなことよりも、 羅城門の鬼から入手したこの葉二つ(はふたつ)の龍笛を奏でて いたほうがよいぞ。」 清明:「その見事な音はのう、目には見なくとも空間と時間を舞っておるのだぞ。 いつの世でも、目に見えぬものは大切なものが多いものよ。しかし、 見えぬがゆえに、人はその大切さがわからない。ほら、西洋でも いつだって大切なものは、目には見えないと星の王子さまにも書かれて いるではないか。 そうして、目に見えぬものをないがしろにして、今の人々は地球規模で 苦しむことになっておるのよ。」 さて、そのようなもののあはれの時代の宮廷音楽が、雅楽である。最近は、いろんな音楽が混じり合ってよいものもなんだかよくわからない音楽があふれている。 その中のよいもののひとつに、雅楽と現代の音がミクスされた東儀秀樹の音楽がある。雅楽から生まれたもので、ヒーリング音楽のように聞きやすく、メロディックなものが多い。雅楽の篳篥(ひちりき)や龍笛と現在のエレ クトロニクスが混じりあい、心地よいナンバーも多い。この心地よさはどこにあるのか今、東儀秀樹のCDを流し聞き入ってみる。 なるほど、やはり、篳篥や龍笛が天空に舞うようにビイブラートしている調べが、目に見えないボーダーを超えていくように感じる。そのボーダーは、人によって、苦悩であり、喜びであり、疲れであり、やる気などさまざまであろう と思う。こうして聞くと確かによいナンバーが多い。しかし、この心地よさを感じるとやはり、本物の雅楽の調べに触手がのびる。 そんなとき、おもしろいものが手に入った。岡野怜子がなんとブライアンイーノにラブコールをした「陰陽師」というCDである。こいつは2枚組で一枚が怜楽舎が演奏する雅楽でもう一枚がブライアンイーノのイメージした和風プ ログレ風のアンビエント風陰陽師である。 しかし、私は1枚目の怜楽舎の雅楽に宙にまわされた。イントロからせまる笙(しょう)の響き、陰と陽の音は、まさしく空中へ魂を舞い上がらせ異空間へ連れ出される。うむむむむむむ。聞き終えたとき、ようやく、「今」という自分に戻された気がした。空間と時間軸を超えたわけである。 雅楽の楽器はそれぞれに役割があり、天、地、宇、宙を構成する編成となっている。それを体感することができた。ひさびさの時間と空間を越えた旅をこのCDは、私に誘ったのである。 清明さん。宇と宙を心地よく旅できましたよ。本当に目に見えないものは、大切なものが多いですね。
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