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先日、iPodのイヤホンを耳につっこんで渋谷を歩いていた。イヤホンの向 こうから聞こえてくるのは、スティーヴ・コールマンのこのアルバム。 夕暮れどきの渋谷。普段から人でごったがえす街だが、年末ということも 手伝ってか、さらに輪をかけた数の群集がひしめきあっていた。 年末の東京の街の風物詩ともいえる救世軍。それと、12月になると、どこ からともなく現われる「悔い改めなさい。イエスキリストは〜」といった 説教を録音したテープを背中に立てかけたスピーカーから大音量で流す人 々。 行きかうサラリーマン、学生、地方からの上京者、あてもなくブラつく人 々…。 無秩序かつ雑多な年末の街並みと、スティーブ・コールマンの描き出す音 世界が見事に渋谷の街の退屈な景観とシンクロしていた。 特に《メディテーション・オン・カーディナル》や《エジプト・トゥ・ク ライプツ・ヒエログラフス》の、覗けば覗くほど、どんどん鏡や万華鏡の 中に引きずりこまれてしまいそうな世界は、一見無秩序に見える街の営み も、じつは、遠く離れた地点から俯瞰すれば、誰もが単調かつ同じ営みを 過去から未来へと永劫に相似形的に繰り返しているだけなんじゃないかと 思うほど。 焦点のブレた不思議な既視感を感じるとともに、街を徘徊する人々の単調 な営みが、複雑なラセン状のリズムの中にパッキングされてしまったかの ような、そんな錯覚をも覚えてしまう。 M-BASE派の親分、スティーヴ・コールマンのこの作品は強くエジプトを意 識した内容となっている。《カバラ》、《エジプト・トゥ・クライプツ・ ヒエログラフス》といったタイトルからも分かるとおり、彼のエジプトへ 旅行した際の研究が実を結んでいるようだ。 スティーヴ・コールマンがエジプトに興味を持ったキッカケというのが面 白い。 90年代半ばより、彼は後期のコルトレーンを聴くたびに象形文字の幻覚を 見始めたのだという。さらに、この幻覚はパーカーを聴いたときにも起き はじめ、このことを盟友のカサンドラ・ウィルソンに相談したところ、彼 女は、これはエジプトを訪問しろというサインだから行くべきだと強く勧 めたのだそうだ。 彼女の言葉に従い、エジプトを訪問したコールマン。結果的に彼は古代エ ジプトの調整システムから占星術、天文学までの分野への興味を広げ、音 楽的な表現領域を広げることにもつながった。 その成果は、99年の『ザ・ソニック・ランゲージ・オブ・マイス』や、 2001年の『アセンション・ライト』の中で早速現われているが、今回フラ ンスのレーベルLabel Bleuから発表された本作品が、その決定版とでもい うべき内容となって仕上がっている。 私が渋谷の雑踏の中で感じた妙な感触は、スティーヴ・コールマンが取り 入れたエジプトのエッセンスからだったのかもしれない。 もちろん、エジプトのエッセンスだけにとどまらず、M-BASE独特のシャー プかつ複雑な、まるで4歩進んで、4歩目に後ろを振り返るような独特な リズムは健在だ。 たとえば、1曲目の《テン・ストッピン》や、2曲目のタイトル曲などは、 彼お得意の“複雑系ファンク”なリズムが冴えわたっている。 ノリノリなんだけれども、複雑なリズムフィギュア。このアルバムにおい ても、リズム面での冴えは相変わらずだ。 私はスピード感とスローなニュアンスが絶妙なバランスでブレンドされた 《エジプト・トゥ・クライプツ・ヒエログラフス》の中盤以降のアレンジ が、いつ聴いても新鮮だと感じている。 テンポではなく、スピード感のコントロールが巧みにほどこされているの はさすが。 スティーヴ・コールマンは、ソニー・クリスを彷彿とさせるような軽やか、 かつ澄んだ音色とプレイが身上だが、このアルバムでは、いや、彼のグルー プ、ファイヴ・エレメンツのほとんどすべてにおいては、彼のアルトのプ レイ単体にスポットを当ててもあまり意味がないところがある。 彼のアルトそのものが、複雑なリズムや重層的な曲構造を構成する一要素 なのだから。 徹頭徹尾、アンサンブルに徹する人なのだ。 だからといって、アンサンブルに埋没することなく、彼のアルトのスピー ド感のある鋭い音は、どの局面においてもエッジが立っているのが魅力。 とくに2曲目のリズミックなヴォーカルとの絡みはカッコいい。 いやはや、それにしても、これはかなり濃い内容のアルバムだ。緻密に練 られたアレンジと、緻密にコントロールされた演奏。 頭デッカチな音楽だと聴かず嫌いで断ずるなかれ。このアルバムから発散 される知的な情念は、こちらのマインドの奥底にも深く染み込んでくるも のがある。
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