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「イバラの道を突き進んだ求道者」。 コルトレーンの生涯を喩えるときによく使われる喩えのようだが、私はここでは、コルトレーンを修行僧に喩えてみたい。 コルトレーンを修行僧に喩えると、彼の生涯は、まさに修行、荒行の繰り返しだった。 マイルス・デイヴィスやセロニアス・モンクという高僧のもとで修行を繰り返し、やがて、ひとり立ちしてからも、なお一層、荒行への道に踏み入れたコルトレーン。 彼が、もっとも理想的な修行パートナーと共に、もっとも理想的な修行を行い、もっとも充実した修行成果の一つが『トランジション』といえるだろう。 理想的なパートナーとは、言うまでも無く、マッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソン、エルヴィン・ジョーンズだ。 彼らは、リーダーの荒行によく付きあったし、よく耐えた。 さらに、コルトレーン自身も、肉体的にも精神的にも破綻をきたさない、もっともバランスの良い修行成果を『トランジション』で結実させている。 『トランジション』は、内なる表現欲求と、肉体的な共振(=出てくる音)が見事に一致しているのだ。 吹いているコルトレーン自身は、「いや、違うンだ、もっと、もっと、高みに…」と思っているかもしれないが…。 タイトル曲の演奏が圧倒的で、まさに“四位”一体な充実したサウンドを実現している。 まさに、完成された一つの理想的なグループサウンドだといえる。 『至上の愛』のサウンドをさらに、煮詰めて凝縮したような密度の高さを誇っている。 しかし、私がもっとも惹かれるのは、ラストのエルヴィンとのデュオのほうだ(日本盤CDには未収録)。 サックスとドラムのデュオというフォーマットは、死の直前に吹き込まれた『インター・ステラースペース』を思い出すが、すでに、この時点からこのフォーマットの試みはなされていたようだ。 ただし『〜ステラースペース』のドラマーはエルヴィンではなく、ラシッド・アリだが…。 ラストの《ヴィジャイル》を聴いていると、修行僧コルトレーンの生涯において、最良のパートナーは、エルヴィン・ジョーンズだったのだなということが分かる。 マッコイもギャリソンがいなくても、エルヴィンさえいれば、互いに沸点に達することが出来たのだ。 ライブの長尺演奏などを聴いていると、マッコイのピアノが抜けたあたりから、演奏がいよいよ白熱してくることが多い。 演奏によっては、ギャリソンのベースが抜けることもあるが、彼が抜けた後の演奏こそ、もっともヴォルテージが高まることが多い。 やはり、エルヴィンあってのコルトレーンだったし、コルトレーンあってのエルヴィンだったのだ。 だからといって、マッコイもギャリソンも必要なかった、というわけではない。 彼ら2人は、成層圏に達するためのロケット燃料のように、強力な推進剤としての機能は充分に果たしていたわけだから、この2人なくして、コルトレーンとエルヴィンの成層圏上での壮絶な一騎打ちはありえなかったのだ。
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