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ジョン・コルトレーンとドン・チェリーの意外な相性の良さを発見できる。 いや、もしかしたら相性というよりも、チェリーの柔軟性の賜物なのかもしれない。 なにせ、オーネット・コールマンとの共演から、民族楽器を導入した即興演奏までと様々なスタイルの音楽に、なんなく溶け込んでしまうチェリーのことだから。 トランペットとサックスの2管に、ベースとドラムがリズム隊。 いわゆる「ピアノレス・カルテット」な編成は、チェリーが参加したオーネット・コールマンの『ジャズ来るべきもの』の編成だ。 しかし、フォーマットは同じでも、オーネットがコルトレーンに換わるとサウンドの肌触りがまるで違う。 オーネットのアドリブは、良くも悪くも起承転結がハッキリせずに、どちらかというと、瞬間的な思いつきがそのまま音として発散される。 よって、サウンドは空間的な広がりはあるが、演奏全体を通しての構成感は希薄になることもしばしば。 いっぽう、コルトレーンのアドリブの場合は、オーネットよりは理詰めで、あらかじめ展開や語り口を考えているところがあり、そのぶんアドリブの内容も、整理整頓された印象ある。 よって、コルトレーンが参加した本盤は、演奏全体の締まりはある。 その分、ハプニングは少なくなるわけだが、その裏返しとして、素っ頓狂さが薄れるぶん、聴き手は安心して演奏に耳を集中することが出来る。 このアルバムの良さは、一にも二にもスピード感だろう。 全体的に速めのテンポの曲が多いことに加えて、伴奏はベースとドラムのみのスッキリ編成。 さらに、ドラムもベースも、ひたすらリズムキープに徹し、あまりオカズや遊びを加えない。そのことが、無駄な贅肉の一切ない、シャープなリズムを生み出している一因だ。 ベーシストは、曲によってチャーリー・ヘイデンとパーシー・ヒースに分担されるが、意外なことに、パーシー・ヒースの奮闘ぶりが際立つ。 ヒースといえば、あのMJQのベーシストで、どちらかというと保守的なイメージの強いベーシストだが、なかなかどうして、こういった先鋭的な音楽にも充分にフィットするベースを弾き、ガッチリとトレーンとチェリーをサポートしているので頼もしい。 ずっしりと安定した低音が地を這う様は、ヘイデン的ともいえ、パーソネルの一覧を見なければ、どの曲でヒースがベースを弾いているのかは分からないほどだ。 もっとも、オーネット・コールマンの《淋しい女》を認め、実際にMJQの演奏でも取り上げたのは、ジョン・ルイスなので、同じMJQのメンバー同士、嗜好は通ずるものがあったのかもしれない。ましてや、このアルバムの5曲中3曲はオーネットの作品だしね。 《ザ・ブレッシング》でソプラノを吹くコルトレーンが面白い。 最初は《オール・ザ・シングズ・ユー・アー》のテーマにも似たノンビリとしたフレーズを吹いていたかと思うと、いつのまにやらヘビ使いの笛のようなクネクネ旋律。 そろそろヘビが身をよじり出すかな?と思った矢先、今度は、ゆったりとしたノンビリフレーズに戻るといった、音数の緩急が面白い。 もちろん、チェリーのアドリブも冴えている。 ちょっとカスれた音色で、スピード感のある吹奏を軽快に繰り広げる様は、なかなか軽快でカッコ良い。 これは、ラストの《ベムシャ・スウィング》以外のすべての演奏にあてはまる。 《ベムシャ・スウィング》でのドン・チェリーのアドリブは、若干のとまどいが感じられる。 オーネットの曲には強いチェリーも、セロニアス・モンクの曲には手こずっているのだろうか。 なんとなく、言いたいことがスッキリと整理されていない印象があり、とまどいを隠せないフレージングが散見される。 反対に、コルトレーンのアドリブはさすが。 さすが、作曲者、モンクのコンボで鍛えられただけのことはある。
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