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もしもアナタがブルースに興味を持って、何か聴きたくなったら、まずはどれよりも先にライトニン・ホプキンスを聴いて欲しい。 グラサンにくわえタバコという”いかにも”なルックス。ドスの聴いた声にブギとスローという、ブルースの最も基本のツボを抑えたシンプルで飾りナシの潔い曲構成。そしてアコギもエレキも、弾き語りもバンドブルースも両方こなしながらも、全くスタイルを変えない一徹さ。 ”ブルースの権化”と言われる程に、見事なまでに見た目と音楽と、そして生き様とが合致するのがライトニンなのだ。ライトニンはカッコイイ。歌もギターも本当に味があるし、歌詞の合間に「グエッヘッヘ」と挟む謎の笑いに至るまで、まるで歌の一節のように聴かせてしまうタフな説得力がある。 1912年にテキサスで生まれたライトニンは、ティーンエイジャーの頃には既に地元でスターだったブラインド・レモン・ジェファソンやテキサス・アレクサンダーといった大物に付いて回り、実際に路上や酒場などで演奏しながらブルースを身に付けていた。 18歳の時に、些細な喧嘩がきっかけで投獄されることになるが、出所してからもブルースにドップリ浸かった生活に明け暮れ、遂には40年代の後半にレコード・デビューを果たすことになる。ライトニンは40年代の末から50年代の半ばにかけて、様々なレーベルからヒットを放ち、地元ヒューストンでもちょっとした顔役のような存在になっていたが、時代と共にヒットする曲が弾き語りスタイルのダウンホーム・ブルースから、R&Bなどのゴージャスなものに変わって行く中で、ライトニンのレコーディングも徐々に減ってしまっていった。 ところがライトニン自身はそんなこと気にもかけずに、相変わらずヒューストンのゲットーを中心に頼まれればギター一本持ってブルースを歌い、演奏の仕事がない時はギャンブルで生計を立てていたという。 そんなライトニンが再び注目を浴びたのが60年代のフォーク・ブルース・リバイヴァルの時。白人の若者らがこぞって南部に行き、何人もの”伝説の”ブルースマン達を発見してはライヴやレコーディングをさせていた時、たまたまテキサスを回っていたリサーチャーによって、ライトニンも発見されたのだが、たまたま金に困って質屋にギターを入れていた所で声を掛けられたというのがいかにもライトニンらしい。 今日ご紹介するアルバム「テキサス・ブルースマン」は、そんな60年代”再発見直後”のライトニンの生々しく刻んだアルバムである。後半には何と同じくアーフーリー・レーベルでリリースしたファースト・アルバム「ライトニン・サム・ホプキンス」が丸々入っている。 個人的にもライトニンのアルバムは何枚も持っているが(そして、そのどれもが見事にリアル・ブルースの衝動に満ち溢れた素晴らしいものであるが)、その中でもこと”重さ”と”緊張感”だけを見れば本作は群を抜いている。のっけからテキサスでは有名な悪徳農場主、トム・ムーアのことを歌った「Tom Moore Blues」が、ドロドロとした情念が渦巻くドシリと重いスロー・ブルースで、アルバム全体を見てもスロー・ブルースの名演が多い。 演奏はエレキギター(アコースティック・ギターをアンプに繋げたもの)弾き語りによるものがほとんどで、エレキ独特のサスティンを活かした音の伸ばし方と、ライトニン独特の”間”の取り方が、ヒリヒリとした緊張感となって、聴き手の心に迫ってくる。 ライトニンは即興で歌詞を作ることも多く、古くから伝わるトラディショナルなブルースの歌詞も、実体験を絡めた歌詞でアレンジを加えることも多かったという。もちろん英語の歌詞は聴いただけでは意味など分からないが、この意味を超えた生々しさ、重苦しいぐらいの説得力は、きっとライトニン自身のヘヴィな体験がブルースとして歌われているからだろう。 ”いかにもブルース”なブルースを歌うライトニンの演奏は、容赦なくリアルで重い。しかしこの重さ、この生々しさは、ブルースをまだそんなに聴いたことがない人にとっては、他の音楽とは明らかに違うブルースならではの凄みであり、衝撃として、深く心に刻み付けられることになるだろう。
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